日本の歴史と文化を支える「紙の王様」 福井県嶺北地方の「越前和紙」


日本の歴史と文化を支える「紙の王様」 福井県嶺北地方の「越前和紙」突然ですが、お財布の中から紙幣を取り出してみてください。
軽くて薄く、おまけに透かしなどのさまざまな加工がしてありますよね。
また、軽く力を加えて破こうとしても、なかなか破けないほど丈夫です。

お札に使われているこれらの高度な技術は、長い歴史を持つ日本のローカルビジネスによって支えられています。

福井県嶺北地方の「越前和紙」。
「紙の王様」と呼ばれ、日本の紙産業・文化の中心的存在です。

私たちの目の前にあるお札を支える越前和紙、そこにはどんな歴史があるのでしょうか。

紀元前150年頃に中国で発明された紙が、7世紀前半に日本列島に伝わった頃から和紙の歴史は始まります。
もともと中国から伝わった製紙技術は麻を原料とするものでした。これは弱くて保存性がなかったため、日本では原料として楮(こうぞ)などの靭皮繊維(じんぴせんい)が使われるようになっていきました。
楮の繊維は麻より短いため切断しやすく、色も白くて表面もなめらか。
さらに日本で自生している植物なので手軽に入手でき、紙漉きの原料としてはうってつけでした。

次第に楮を原料の中心として紙づくりが行われるようになり、改良を重ねるうちに次第に日本独自の紙、すなわち「和紙」が確立することとなります。

全国数カ所で主に作られている和紙ですが、越前和紙の歴史は中でも1番古く、品質も最高級とされ、「紙の王様」と言われています。

全国で唯一、紙の神様「川上御前」を祀る岡太(おかもと)神社や大瀧神社があることからも、いかに越前地方で、紙漉きが盛んだったのかが分かります。

 

なぜ越前で和紙?

福井県の嶺北地方は、平坦な土地が少なく田畑には適さない環境。
農業で生計を立てるのが難しいその環境が、特殊な産業「紙漉き」を地域の伝統産業として根付かせました。

また越前地方は、冷たくきれいな湧水が多い地域。
和紙作りに欠かすことの出来ない綺麗な水があったのも、越前地方で紙漉きが根付いた理由です。

また、「紙漉き」は一般的に冬の仕事とされています。
なぜなら、和紙を漉く際、繊維と繊維を結合させる「ネリ」と呼ばれる植物性の粘り気のある素材は、気温が低ければ低いほど、粘り気が出やすいから。
北陸の寒さもまた、紙漉き産業を根付かせた要因でしょう。

土地の特性が、越前で紙漉きを地場産業として根付かせたんですね。


和紙の原料「楮(こうぞ)」

 

越前和紙の特徴

越前和紙の特徴は、その長い歴史に裏付けされた、紙の丈夫さと、美しさ。

日本の歴史を変えた出来事や、絵画、文学などの文化に、越前和紙は常に寄り添って、支えてきました。

日本の歴史とともに

太古の昔、飛鳥時代。
「大化の改新」が行われ、徴税のため全国の戸籍簿が作られることとなりました。戸籍簿のために和紙の需要は大きく増し、越前でたくさんの紙が漉かれました。
また、同じ頃の日本での出来事「仏教の伝来」も和紙の需要を高めることになりました。信仰が盛んになるにつれ、写経が行われるようになります。その写経用の和紙が必要になったのです。
仏教の普及につれ和紙も一緒に普及していきます。

奈良時代に入ると「大宝律令」により、「古事記」「日本書紀」など国史の編集が進められました。
越前和紙は、他地方の和紙とともに、中央政府の重要書類を支えます。

かな文字文化が発展した平安時代には、紫式部や清少納言らによって世の中に出された優れた文学作品を支え、江戸時代には幕府の御用紙となり、幕政に関わる重要な書類や、浮世絵などのキャンバスに使われました。

まさに日本の歴史と切っても切り離せない、越前和紙はそんな存在なのです。

また、歴史や伝統文化を今に伝えられているのは、越前和紙が、1,000年持つのは当たり前と言われるほど丈夫だったから。

越前和紙が、いかに日本の歴史とともに歩み、文化を支えてきたのかが分かります。


『枕草子』原本

 

お札のふるさと「越前」

江戸時代に入ると、全国にある各藩は、「藩札」と呼ばれる独自の紙幣を作りました。
福井藩の藩札「福井藩札」は、もちろん越前和紙を使って製造されましたが、これは、全国で一番最初の藩札です。

越前和紙の技術があったために、いち早くつくることが出来たと言われています。
驚くことに、この頃から既に、今のお札にあるような「透かし」の技術があり、藩札に取り入れられていました。

明治になると、明治新政府はそれまでの各藩の藩札に代わり、全国統一の「太政官札」を発行しましたが、これには、福井藩札の品質を担保していた越前和紙が選ばれました。
このことから、越前は「お札のふるさと」と呼ばれています。

世界最高レベルの技術水準を誇る、現在の日本銀行券も、越前和紙の紙漉き技術と、透かし技術が取り入れられています。
電子化される前の証券や株券も越前和紙ですし、卒業証書などの証書などは今でも「正式の用紙」として、越前和紙が使用されています。

日本の「印鑑社会」を支えたのも、和紙の存在と言えるかもしれませんね。


太政官札

 

まとめ

気候や地理などの風土を活かして作られ、昔も今も「紙の王様」として君臨してきた、福井県嶺北地方の「越前和紙」。
太古の昔から、日本の歴史や文化を作り、伝えている、日本が誇る伝統的ローカルビジネスです。

越前和紙の技術がなければ、多くの歴史書や絵画は今に伝わっていないかもしれませんし、紙幣も今のような形ではなかったでしょう。

島国日本の中の、さらに特定の地域で、文化を創造しながら、風土や歴史とともに独自に発展してきた技術は、他の追随を許さないスペシャルな価値を持っているのですね。