「江戸四宿」という言葉を聞いたことはありますか?東海道、中山道などに知られる五街道とともに整備された4つの宿場町で、日本橋にもっとも近く、江戸の入り口とされていました。
そのひとつが、日光街道・奥州街道の「千住宿」なんですね。現在の千住の街の風景にも、その面影をうかがえます。
昭和初期の蔵の中にある喫茶空間
今回訪問した「喫茶蔵」は、昭和初期に建てられた質蔵をリノベーションしたお店です。北千住駅西口方面のときわ通りから、さらに細い路地に一本入ると、周りの建物とは少し趣の異なる一軒に出会います。「大蔵屋質店」の大きな文字が見える建物が「喫茶蔵」です。
居酒屋の立ち並ぶ道を通っていくので、まさかその先にあるとは想像しません。場所を知っていなければ、なかなか偶然見つけるということはなさそうです。
店内へ足を踏み入れると、すぐ前の前にカウンターがあります。こちらが店舗スペース。L字に曲がるカウンターはバーのよう。開放的で、お客さんとの間に距離が感じられないような雰囲気です。
どこが懐かしいようなガラス戸の食器棚、奥の方に見える、いたって普通のオーブントースター・・・カウンターの内側だけ切り取れば、まるでどこかの民家の一風景を見ているかのような気分にもなってきます。
その向かい、客席の背中のすぐ後ろには、どっしりとした3段の階段。のぼると、そこが喫茶「蔵」の中です。ずっしり厚い、迫力のある金属製の扉は、大切な質物を保管する蔵を守るもの。
天井が高く、窓がない四角い空間はまさに「蔵」の中にいるという感じがします。各テーブルに飾られた異なるデザインの照明が、ほのかに暗い空間に、あたたかな灯りを演出しています。
部屋の中には、古い壁掛け電話など、時代めいた物がいくつもあります。家具もレトロな色で統一され、屋外の光が入らない蔵の中は、まるで異空間にいるかのよう。味があります。
和を感じるメニュー
メニューには、ストレートコーヒーからエスプレッソドリンク、紅茶、ジュースなど、たくさんのドリンクが載っています。だいたいが500~600円前後の飲み物は、どれもこだわりの器で出てきます。アンティークな香りのするカップが、カウンターの後ろにずらりと並んでいるのが見えます。
気付いたのは、やわらかに「和」を感じるメニューが多いこと。きなこミルクや、抹茶ジュースなどのドリンクに、食事は、なんとあべかわ餅やいそべ餅、たい焼き、おしるこまであります!もちろんケーキなど洋菓子もありますが、お餅の出てくる喫茶店は珍しいですね。ホットサンドなど、甘味以外もあります。
人気のたい焼きは、目の前に運ばれてきた瞬間に、良い香りが広がります!さくさくの生地に、あたたかい粒あんがたっぷり詰まっていて、なんだか懐かしい甘さです。
たい焼きは単品の提供はなく、ドリンクとセットになっていて、コーヒーか紅茶を選ぶことが出来ます。ところがこの時、「きなこミルク」という、他ではなかなか見ないドリンクに目を引かれたため、セットのドリンクを変更して頂けないか伺ったところ、快く応じて下さいました。
一緒に頂いた「きなこミルク」は、きな粉の香ばしさとミルクのみの味わいで、甘さはありません。カップに添えられた砂糖で、好みの甘さに調節し、いただきます。気になるおしるこには「日本茶付」とあります。こちらも試してみたいですね。
地元との距離が近い人気店
テーブル席からカウンターの方を眺めていると、地元の常連さんらしき人が何人もやってきました。お店に何かを渡し、一言二言しゃべって帰って行く人もいれば、席に座り、コーヒーを飲みながら、店員さんと世間話を楽しむ人もいます。
他には、仕事の合間に立ち寄り、休みをとっていく人々、お喋りを楽しむために来る奥さまなど・・・。飾らない接客をしてくれるこのお店は、店と客の距離が非常に自然に感じられます。下町ならではの気さくな雰囲気のおかげか、いろいろな人が憩う場となっています。地元の人に愛されているんですね。
お会計を済ませたあと、出口へ向かおうとするのを呼び止められ、差し出されたものがありました。小さな箱の中に山積みになっている、色とりどりの「楊枝入れ」。なんとその中からひとつ、選んで頂いて良いとのこと。割烹着を着て「ママ」と慕われる、このお店の店主さんが手作りしているという、綺麗な和柄の楊枝入れです。
なんて素敵なプレゼントでしょう。思いがけない、ちいさな嬉しいサプライズでした。
和紙があしらわれた楊枝入れは、一つ一つ柄が違っていて、どれも綺麗でなかなか選べません。実は、お店で使われているコースターも、ママの手作りだそうです。なんだか、あったかいですね。
この楊枝の入った箱を、慣れた素振りで差し出してくれたのは、何と常連のおばあさん。手一杯だった店員さんが、自然な口調で代わりをお願いしていました。お店と常連さんとの仲の良さがうかがえます。
どっしりと構える「蔵」の中のお店は、その歴史ある建物自体のみならず、この街のことも、そこに住む人々のことも、守っているのかもしれません。店を出たあと、手の中の綺麗な和柄を眺めて、足取りが軽くなる。そんな下町の喫茶店に足を運んでみてはいかがでしょうか。